訃報:フィリピンポップスの礎を築いたアイコンシンガー リコ・J.・プーノ(Rico J. Puno)


2018年10月30日 フィリピンのベテランシンガー リコ・J・プーノ(Rico J. Puno)氏が亡くなりました。

Rico J.は1953年生まれ、1975年に当時フィリピンでコンサートを行っていたモータウンのボーカルグループ テンプテーションズ(The Temptations)がリコが出演していたローカルのナイトクラブに遊びに行った*ときRico J.に出会い、数曲を共演したことがきっかけでデビューを果たしました。
*(テンプテーションズはリコが出演していたナイトクラブで公演を行なっていた説もあり)

彼の持ち味であるソウル(R&B)系のボーカルスタイルは現在のフィリピンポップス界(OPM)でもメインストリームの一つとなっており、フィリピンポップスの礎を築いたアイコンシンガーの一人として今でも絶大なる人気誇る存在でした。
ボーカルスタイルに加え、欧米のヒット曲にフィリピン語の歌詞をつけて歌う=アメリカンミュージックのメロディ(サウンド)とフィリピン語の融合という、今のフィリピンでメインストリームとなっているサウンドスタイルも彼がカバーした名曲「追憶(The Way We Were)」の大ヒットによりフィリピン中に広まっていきました。

The way we wereを収録したRico J. Punoのアルバム「Tatak」アナログ盤ジャケット画像


(Rico J. Puno / The Way Were 歌詞つき・前半が英語のオリジナルの歌詞、後半がフィリピン語)

ソウル系のボーカルスタイルでモータウンやフィリーソウルに通じるヒット曲が多いRicoですが、フィリピンニューウエーブのアイコンバンドEraserheadsやフィリピンエスニックフォーク・ロックの第一人者Gary Granadaのヒット曲をカバーするなど多彩な楽曲をレコーディングしています。

Rico J.は1979年に東京音楽祭(1972年〜1991年まで開催)に出場のため来日、メッセージソング「Lupa (大地)」を披露しています。

近年もABS-CBNの人気音楽バラエティにゲスト出演するなど元気に活躍していたので残念でなりません。
アメリカツアーも積極的に行なっていたRico J. Punoの訃報のニュースはニューヨークタイムズでも取り上げられています。
Rico J. Puno, Soul Music Pioneer in the Philippines, Dies at 65

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