フィリピンの短編映画「Last Order」と「メトロマニラ・ポピュラー・ミュージック・フェスティバル」

フィリピンでは続々と新しい才能が生まれいきなり海外で高い評価を得ることも珍しくなくなってきていますが、我々日本人からするとちょっと変わり種?な映画祭「平壌国際映画祭」でフィリピンの作品「Last Order」が出品され最優秀短編映画賞を受賞しています。
この映画はフィリピンの食堂で働く青年が店に来る人々の有様や抱えている問題を平凡な仕事の中で見つめていくショートストーリー。

監督はジョジ・ヴィリアヌエヴァ・アロンソ(Joji Villanueva Alonso)、監督としてクレジットされているのはこのLast Orderが初めてのようです(instagramより)が、彼女はプロデューサーとして、Vilma Santos主演のEkstraユージン・ドミンゴ主演の浄化槽の貴婦人など興味深い映画をプロデュース、更にHere Comes The BrideやEnglish Only, Please, #Walang Forever, 新作のAng Dalawang Mrs. Reyes, Pinay Beautyなどメジャーエンターテインメント映画などもプロデュースしています。



このニュースを知ってなぜか思い出したのが、マルコス政権時代のフィリピンの文化事業「メトロマニラ・ポピュラー・ミュージック・フェスティバル(Metro Manila Popular Music Festival)」。
時代背景など違う部分も多いですが、独裁政権下にあってそのプロパガンダの意味合いのある文化事業として「平壌国際映画祭」と「メトロマニラ・ポピュラー・ミュージック・フェスティバル(Metro Manila Popular Music Festival)」は似ている点もあり、その平壌にマルコス政権を経験したフィリピンから作品が出品され、賞を受賞しているのがとても興味深く感じられました。

「メトロマニラ・ポピュラー・ミュージック・フェスティバル(Metro Manila Popular Music Festival)」はマルコス独裁体制下のフィリピンで1978年から1986年まで開催されていた新人作曲家・新曲のためのコンペティションです。
Metro Manila Popular Music Festival Wikipedia

これはフェルディナンド・マルコスの娘アイミー・マルコス(Imee Marcos)が主宰する形ではじめられ、フィリピン国内からポップスの未発表楽曲を募集、入選曲は当時のメジャーなプロシンガーがレコーディングを行う(シンガーソングライターの場合は自身がレコーディング)もので、プロの作曲家・ミュージシャンを目指すものにとっての登竜門として多くの若い才能が自分の作品を出品しました。
その目的は主催者個人の芸術への関心を満足させるためのものでもあったでしょうが、やはりプロパガンダという側面を強く持っていたでしょう。
ちなみに現在行われているHimig HandogPhilpopなども内容的には新人・新曲のコンペティションという同じコンセプトのもので、「メトロマニラ・・・」はその先駆けという存在です。



強力な影響力と財力を持つ勢力が後ろ盾となった「メトロマニラ・・・」は他の文化政策ともリンクする形で国家事業とも言える大きなもので、北朝鮮の「平壌国際映画祭」も北朝鮮の独裁体制下、国家の威信をかけたものとして同じことが言えるかと思います。
そのコンセプトも金日成以来の独裁体制下では国策の行き詰まりによる不満を逸らすためだったり、国外に向けて文化政策にも力を入れているところを宣伝する面があるでしょう。
この映画祭で賞を受賞した北朝鮮の映画人や作品は政権の「正の側面」を誇示する存在として様々に利用されるのかもしれません。

しかしそこで面白いと思うのは、「メトロマニラ・・・」の場合、独裁体制主導のイベントにより才能を開花させたアーティストがその後独裁体制をひっくり返すような流れの中心的存在となったり、後々の社会で非常に進歩的な作品を生み出したりしていることです。

日本でも知名度の高いフレディ・アギラ(Freddie Aguilar)が第一回(1978年)に出品、ファイナル曲として選ばれたアナク/Anak(息子)は世界中で各国版がリリースされるなど空前の大ヒットとりましたが、マルコス政権主導によるイベントによって一躍フィリピンで最も影響力のあるアーティストの一人となったフレディ・アギラが1980年代にはフィリピンのプロテストソングのオリジナルでもあるバヤン・コ(Bayan Ko)を再レコーディングし、1986年のEDSA革命に繋がる市民運動の精神的支柱になったのはなんとも皮肉な話です。さらに、彼が1983年にリリースしたオリジナルのポップソング マグダレーナ(Magdalena)はマルコス政権の行き詰まりにより犠牲となったフィリピンの若い女性たちの悲哀を歌ったものでした。楽曲は美しく、歌詞の内容に反してどちらかといえば明るいメロディの名曲です。

このような曲を歌うフレディ・アギラ、もちろんコンペティションにアナクが出品された時点で選者は(時代背景や主宰者のこともあって)彼の出自、どのようなスタンスの持ち主なのか、ということも一定程度は調べたと思いますが、彼をファイナリストに推したのはアナクが作品として素晴らしいと判断しそれを創作した才能を純粋に認めたのか、「反政府分子(になる可能性を秘めていた)」アーティストをも許容する余裕が独裁体制にはあったのか、はたまた見逃してしまったのか・・・。

平壌国際映画祭でも、この映画祭に作品を出品している北朝鮮の映画人の中に将来の北朝鮮を担う自由で進歩的な考えを持っているクリエーターがいるかもしれないと想像されます。
北朝鮮の事情がほとんどわからず、平壌国際映画祭についても乏しい知識なので、賞を受賞した「Last Order」のJoji Alonso監督が自ら映画祭に応募したのか、映画祭側が出品作として招いたのかわかりませんが、
マルコス独裁体制をくぐり抜けてきたフィリピンという国の映画人の作品が出品されているのは、国交のある国の作品ですから当然と言えばそうなのでしょうが、なにやら不思議なつながりを感じてしまいます。(一応表向きは地域に関わらず作品を募集しているとのことで、2016年に国交のないフランスの作品が出品されています。米国と韓国の作品は厳に禁じられているようですが)

マルコス政権時代、怖い国だなとマルコスの姿勢=「フィリピンという国全体」としてイメージされたこともあったと思いますが、民主革命によりそうではない人も大勢いることが明らかになったように、北朝鮮にもフィリピンと同じように民主化を求める一般市民が大勢いることも容易に想像されます。
(フィリピン好きな者の考えなのでかなり贔屓目な願望ですが、)フィリピンの文化人がそれを皮膚感覚で察知し、たとえプロパガンダとして行われているイベントであってもそれはそれとして、ベールに包まれた中にいる価値ある才能とのつながりを求めて積極的に参加しているのであればとても興味深いことです。

一昔前、世界のエンターテインメント界にはアジア地域は通用しない、アジアのアーティストはメインストリームには立ち得ないと思われていたのを、インターネットの普及によりフィリピンのアーティストが続々と世界レベルのパフォーマー・クリエーターとして発掘されています。
このような才能がひょっとしたら北朝鮮からも輩出されるかもしれません。
また、これも想像にすぎませんが、北朝鮮が男性優位の社会だとしたら、賞を受賞した作品の監督が女性であり、フィリピンではエンターテインメントの中心で女性がのびのびと才能を発揮し活躍していることを知って衝撃を受けるのかも。

南北が平和的に融和と統一に向けて進もうとしているようですが、やがて民主国家として北朝鮮が世界の一員と認められた時、韓国とはすでに文化面でも非常に密接なつながりを持ち、お互いに触発し合う関係を築いているフィリピンのエンターテインメントにいち早く触れることになる北朝鮮のエンターテインメント界がどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、興味があります。

MIA MUSIC&BOOKS取り扱いの商品中、ジョジ・ヴィリアヌエヴァ・アロンソ(Joji Villanueva Alonso)氏がプロデュースした作品:
Here Comes The Bride


Ekstra

浄化槽の貴婦人(Ang Babaeng Sa Septic Tank)

KUBRADOR DVD

参考:
平壌国際映画祭 Wikipedia
平壌国際映画祭オフィシャルサイト
平壌国際映画祭についての記事 AFPBB
メトロマニラポピュラーミュージックフェスティバル Wikipedia
Last Order (2018) International Movie Database